、日本の武士道も其通り、十年も掛かつて貯へた金は何を買ふかと云ふと良き馬を買ふ。君から非常な賜物を貰つた、それは何にしたかと云ふと正宗の刀を買つたと云ふやうに、一本の劍一匹の馬に全力を盡したと云ふことは東西古今同じことなのである。西洋では之をシヴアーリーと云ふ。シヴアーリーと云ふのはコート・オヴ・アームと言ひまして、軍服に一種の標が付くのです。是は日本の武士の紋所のやうなものである。尤も東京では車夫でも紋を付けて居りますが、是は今日の話で、昔はやはり紋所と云ふものは立派な武士でなければ付けなかつたのです。西洋のコート・オヴ・アーム、日本の紋所皆同じことです。武士道に依つて己を押へて公の爲、主君の爲に盡すと云ふことは獨り日本に限つたことはない、世界共通のことです。
話が少し脇道に入りましたが、斯う云ふやうな譯で各國共歴史は皆共通であります。西洋人が笑つたとき日本が泣いてゐた譯ではない。西洋人と同じく悲しみ、西洋人が怒るが如く怒り、西洋人の喜ぶが如く二千五百年間送つて來たので、唯西洋人が來たときに文明の形が違つてゐたと云ふだけの話である。西洋人は西洋と交際して日本の文明が初めて生れたやう
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