マア、人間掘りなんて初めて聞いた。珍しいこと。御飯はもうおやめにして、ちょっと見てきましょう」
 とお茶を飲んで立ち上って、腰をグッと屈《かが》めながら、低い裏の入り口から出て行って見ました。
 ヒョロ子が裏へ出て見ると、向うの方で大勢人が寄って、土を掘りながら何か騒いでいます。何事かと思って近寄って見ると、こはいかに。豚吉の足が二本、井戸の中からニューと出ておりますから、驚いてすぐに走り寄って、その足を両方一時に掴《つか》まえて、
「ウーン」
 と引っぱりますと、スッポンと抜けてしまいました。それと一所に下から女の児の泣き声が聞えて来ましたので、ヒョロ子は井戸の口から長い長い手を延ばして、女の児の手を捕まえて、スーッと引き上げて上へ出してやりました。
 村の人はもうヒョロ子の力に驚き呆《あき》れて、口をポカンと開《あ》いたまま見ておりました。
 女の児のお母さんは泣いて喜びました。
 豚吉も嬉し泣きに泣きながら、脱いだ着物を着て、最前のめしや[#「めしや」に傍点]に帰って来て、ヒョロ子に今までのことをお話ししますと、ヒョロ子も涙を流して喜んで、
「それはよいことをなさいました」
 とほめました。
 ところが、いよいよ御飯の代金を払おうとしますと、豚吉のお金入れが見当りません。これはきっと最前の井戸のところに落して来たに違いないと思って、又探しに行って見ましたが、そこにもありません。
 二人は顔を見合わせて、どうしたらいいか困っておりますと、表の入り口をガラリとあけて、最前馬に引っぱられて走って行った馬車屋のお爺さんが這入って来ました。そうして二人の顔を見ると喜んで、
「ヤア。あなた方はここに居りましたか。私は馬が急に駈け出しましたので、一生懸命で引き止めようとしましたが、どうしても止まりません。やっと向うの町の入り口まで来ると止まりました。それから、あなた方はどうなすったかと思って引き返して見ますと、ここの表の処に私の落した鞭が引っかかっています。それから入り口の処にお金入れが落ちておりましたが、これはもしやあなた方のじゃありませんか」
 と云いました。
 夫婦は馬車屋の親切に涙を流して喜びました。そうしてお礼を沢山に遣ったあとで、御飯の代金を払ってこの店を出ました。
 豚吉夫婦はそれからだんだんと町に近付きましたが、町の入り口まで来ると、そこに大きな河がありまし
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