感歎のうなづき合ひなどが、いともしとやかに展開されるのであつた。
 私はいらいらしてゐたけれども、それを見て居るのは全然興味なしでもなかつた。以前に飜譯したピエール・ロティの、日本の女を冷嘲的に描寫した一節を思ひ出したりもした。……
 ……さうしてこの大勢の女たちは、私の部屋にはひつて來ると、お互ひ同志のお辭儀で混雜を極める。たとへば、私があなたにお辭儀をする。――あなたが私にお辭儀をする。――また私があなたにお辭儀をする。あなたが、また私にそれを返す。私があなたに、もう一度お辭儀を返す。すると、私は、どうしたつてあなたの名譽にふさはしいだけそれをお返しすることはできない。――そこで私は私の額を疊にすりつける。するとあなたは、あなたの鼻を床板《ゆかいた》にすりつける。彼等は順順に列んで、みんな四つ這ひになる。それは、お互ひに、人より先には出まい、人より先には着席しまい、といつたやうな風である。さうして果しない挨拶が低い聲でささやかれる。顏をば床《ゆか》にすりつけたままで。(『お菊さん』四)……
 それは一八八五年に於ける長崎の場末の無智な女たちであつた。これは一九二六年に於ける奈良縣か
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