戰線があまりにも遠く離れてゐるので、さう思ふともどかしくなるほど、どことなくのんびりした空氣が漂つてゐた。此の邊鄙の町に一八七〇年にフランスの政府は、ドイツ軍の侵入を恐れて一度トゥールに避難したのが、遂に移つて來たのであつた。此の前の大戰の時も、フランス政府はボルドーへ移つた。今度も局面の變轉によつては、またボルドーへ移つて來るだらうといふ説もある。パリの南東約六五〇キロに位置する此の町は、ドイツの飛行機に容易に見舞はれるといふ心配がないのでか、夜になるとさすがに街上は暗くなるが、それでもカフェやレストランは――私たちの着いた初めの數日間はまだ――あかあかと灯がついてゐた。私たちが疲れて着いた晩に停車場前のレストランでとにかく空腹を養ひ得たのもそのおかげだつた。晝間はことさら平生とあまり變つたところもなく、殊にガンベッタ廣場からグラン・テアトルへかけての大通などはパリの殷賑を持つて來たかと思へるほどの人通りが見られた。尤も、その大部分は避難者のやうではあつたけれども。
だから、ボルドーでは戰爭は殆んど實感することができなかつた。戰爭について知り得るのはラディオと新聞に依つてのみだつた
前へ
次へ
全85ページ中61ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
野上 豊一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング