廣場に車を乘り捨て、片隅のバーに入つた。
 親爺はI君と顏見知りの間と見えて、大きな手をさしだしていかにもなつかしさうに久濶の挨拶をした。I君はシャンパンとたにし[#「たにし」に傍点]のやうな貝と小えびの茄でたのを注文して、パリへ電話をかけてくれないかと頼んだ。長距離は警察の許可がいることになつたのだが、といつたが、それでもすぐかけてくれた。
 ぢきにパリの大使館に通じた。日曜日で、もしやと思つた通り、私の知つてる人はゐないで、ほかの人が電話口に出た。
 ――そちらの形勢はいかがです? 急に戰爭の始まる樣子はありませんか? 月末までにはそちらへ歸るつもりですが、實はもう少しこちらにゐたいことがあるので、切迫してるとすれば、どの程度に切迫してるか知りたいのです。
 返事は、はつきりしてるやうで、はつきりしてなかつた。情勢は刻刻に變化してゐるから、今ではそれほど切迫してるとは思へないが、いつ切迫したことにならぬともわからない、といふのであつた。
 それからパリの市中の樣子を聞いて見ると、パリは今のところ冷靜で平常と變つたことはないといふ。ホテルのことを聞いて見ると、ホテルは閉ぢたりした所が
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