れでもイルンの川を通り越すと、同じバスクの地域でありながら、國境一つでかうも變るものかと思はれるほど、急に沿道の形貌が一變したやうな印象を與へられた。一つは建物の樣式が違ふのと、今一つはそこいらを歩いてる人間の風俗が異なつてるためだらう。フランスの方が、百姓家にしても、百姓その者にしても、何となく明るくすつきりしたところがある。それに田舍だけにのんびりしてゐて、今にも戰爭が始まるかも知れない國だとは思へなかつた。女たちが鉢物の花を竝べた窓の下に椅子を持ち出して編物をしてゐたり、牧場の端の池の縁で一人の老人が釣を垂れてゐたり、その先の木蔭には三四頭の牛が尻を寄せ集めて思ひ思ひの方向の雲を眺めてゐたり、どこを見ても靜かで、あわただしいものとては一つも感じられなかつた。
サン・ヂャン・ド・リュズの町に入つても別に變つた空氣は感じられなかつた。女たちが午後の買物でもするのだらうか、ぞろぞろ町なかを歩いてゐた。此處は最近のエスパーニャの内亂の間ぢゆう各國の大公使館が避難してゐた所ださうで、小ぎれいな靜かな町である。私たちは昔ルイ十四世の住んでゐたことのあるといふ家(今はカフェ・マドリィ)の前の
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