ころ家家の入口には赤地に白く爆彈の形を描いた札が打つてあつて、その下に30とか50とか85とかいつたやうた數字が記してあつた。空襲の時のアブリの避難者收容數である。さういへば、今夜にも空襲がないとも限らないのだ、と、そんな不安もあつた。……
 私たちは明日にもボルドーへ落ちようといふことにきめた。つい昨日エスパーニャから歸つて來たばかりの道をまた逆戻りして。
 午後私は近所へ用|達《た》しに出かけると、途中で若い畫家のO君に出逢つた。一緒にカフェに入つた。君はどうするのかと聞いたら、踏み止まるつもりだといふ。大使館では用事のない者は六日までに皆鹿島丸に乘れといつて、僕等畫かき連を全部追ひ立てる腹らしいが、僕は勉強するために來てるのだから、まだ歸るのはいやだ。フランスにゐられなくなつたら、ほかの國へ行つてもよいと思つてる。今歸つてしまつたら一生を棒に振ることになるから。と、さういつて、決心を披瀝した。そこへ一人の男が現れて、青白い顏をして、足もとをふらふらさせながら、ヒトラーを罵つたり、戰爭を咀つたり、日本の畫壇を嘲笑したりしてゐたが、私たちが出て行つた後まで亂醉の聲がまだきこえてゐた。
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