後だつた。パサヘの港から見えるビスカヤの海は美しく晴れた空の色を反映して、南歐を思はせるやうな鮮明な碧色だつた。レンテリアの村では、日曜だからか、廣場に車を押し出して、その上に村の者らしい樂隊が竝んで、若い男女がそれを取り圍み、今に踊でも始まりさうなけはひであつた。私たちは車を徐行させてそれを見て通つてゐると、群集の中から二人の若い娘が出て來て、眞鍮の薄つぺらな小さい小劍型のバッヂを買つてくれとさし出した。「プロ・コンバチェンテス」(戰士のために)と呼んで、戰歿軍人遺族扶養の獻金章ださうで、一個三十錢以上といふことになつてるのだが、I君は日本の名譽のために氣前を見せて札びら二枚を奮發した。エスパーニャには全國を通じて日本人は十名とゐないので、どこへ行つても目だつといつてゐた。
 イルンの町に近づくと、イルン川の左岸の高地にはトーチカが幾つも對岸のフランスの方へ向いて口を開《あ》いてゐた。内亂當時から築造にかかつて、まだ竣工してない。二週間ほど以前に私たちが國境を越えて此處を通つた時は日が暮れてゐたので見えなかつたが、その日はよく見ることができた。
 イルンの町はアンダイエの村(フランス
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