在してゐたイギリス人だといふことがわかつた。三週間滯在してゐたが、形勢がわるくなつて來たので引き揚げるのだといつてゐた。
汽車は正午ごろボルドーを通り、夕方七時過パリに入つた。
一つ手前のオーステルリッツの停車場では構内の窓ガラスを全部濃藍色に塗つてあつた、夜間に内部の光が漏れないためだらう。さういへば、列車内の便所の窓も同じ色に塗つてあつた。また同じ構内には、國旗の三色と赤十字を描いた病院列車も待機してゐた。
かなり大勢の人がそこで下り、皆默默としてプラットフォームを歩いて行つた。
四 モン・パルナス
ケー・ドルセーの停車場にはM君が氣を利かして車で迎へに來てくれてゐた。
――どうです? 始まりさうですか?
――何ともいへないのですが、今のところ戰爭にはならないですむのぢやないかとも思はれます。
私たちはそんなことをまづ話し合つた。
それからリュクサンブール公園の横手の薄暗い通《とほり》を急いで、モン・パルナスの以前のホテルに歸り、荷物を置き、M君を誘つて一緒に食事に出かけた。
モン・パルナスの大通はその晩はまだいつもと變らず明るかつた。カフェには
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