、せめてダックスまで――見送つてやるといつて、車の用意がしてあつた。
 住み馴れたサン・セバスティアンの山の上のヴィラ「ラ・クンブレ」を出たのは八時ごろだつた。バルコンの手摺にからみついた赤い薔薇の花も、アラビア風の拱門から垂れた蔓草の白い花も、何となく見返らずにはゐられなかつた。
 五日前の午後不安な氣持で通つた道を今日は朝の光の中に見ながら、いつしか國境を越えて、サン・ヂャン・ド・リュズもビアリッツも左の方に眺め、バイヨンヌの町を通り過ぎると、町はづれの木立に取り圍まれた草原の上で、一箇中隊もあらうかと思はれる兵隊が、極めて基本的な訓練をさせられてゐた。あの中にサン・ヂャン・ド・リュズの文房具屋の息子も交つてるのではないかと思はれた。事によると、兄弟三人とも。
 その邊から先は道が美しい森林の中を拔けるやうになつてゐたが、薄霧が下りて來て、兩側の竝木の枝がまぢり合つてトンネルのやうになつた行手の方は、ぼやけて見えなくなつて來た。それから先は、あと三〇キロも行くと國道第十號と呼ばれてる大きな道路と直角にぶつつかり、それを左へ折れて北へまつすぐに走れば、ボルドーに達する近道だつた。ボル
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