気がつかず、私は先に立って下りていると、後からサイドに腕をつかまえられて立ち止まったのだが、危うく水の中に片足を突っ込むところだった。こごんで鉛筆で深さを捜ろうとしたら、鉛筆は皆隠れ、指の先がやに[#「やに」に傍点]色に染まった。その濁水のしみ[#「しみ」に傍点]はエジプトの土地を離れるまで消えなかった。数日の後、アレクサンドリアからイタリアの汽船でロードスへ行く時も、まだそのしみ[#「しみ」に傍点]が気になって、キャビンの洗面所で何度も石鹸で指を洗ったほどだった。
 そこで最後の石段の上にこごんだまま奥の方をすかして見ると、広さは三間半に二間半もあろうか、割合に小さいクリプトで、丁度上の内陣の真下にあたり、大きな円柱が幾つも立っていて、下の方は水に浸ってるのが、水がどんよりと暗く湛えて泥地の如く見えるので、円柱がいやに短いような印象を与えた。その円柱は本陣と側堂の仕切になっていて、つきあたりの正面が祭壇だが、それは初期の地下塋窟の見本ともいうべき壁龕になってるらしく、其処にマリアと赤ん坊のキリストは起臥していた。というよりは、その片隅に聖母子の起臥していた中庭を後でクリプトの形に改修
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