思われなかった。
 そういった時代のローマの繁栄の中心地はパラティーノであったことを念頭に置いて、さて山の上を一瞥しよう。

    三

 フォーロ・ロマーノの東端に立つティトゥスの門の前から坂道を登って右へ折れると、栢樹の密生した一区劃(ジェルマルス)がある。ティベリウス(二代目のローマ皇帝)の宮殿の跡だが今は何物もない。前世紀の中頃ファルネーゼ家から一時ナポレオン三世の手に移り、古代の彫像を発掘したのでがらんとしてしまったのだという。掘り出された彫像はフランスに運ばれて今ルーヴルにある。
 ティベリウスの宮殿はカリグラ(三代目の皇帝)に依って拡張され、そのうち北側の一部分は今もカリグラの宮殿と呼ばれて、バルコンの礎石が残っている。フォーロ・ロマーノからカピトルへかけて展望の開けた崖の端である。カリグラは此処から下の谷を越えてカピトルまで長い橋を架けようと計画した。サン・フランシスコのトランス・ベイ橋や、ニュー・ヨークのトライ・バラ橋を架けた今のアメリカ人が計画したのなら驚かないが、二千年前の設計としては奇想天外な思いつきだったに相違ない。その後で、ネロ(五代目の皇帝)は此の宮殿か
前へ 次へ
全20ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
野上 豊一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング