屋の壁は茶色の羽目板で張りつめられ、上部の白壁をば赤や緑で縁どり、翼の生えた人物が飛んでるところが描いてあった。クリスト教の天使である筈はないから、クピドーかと思ったが、クピドーが幾人も飛んでるわけもなし、結局何を描いたものだかわからなかった。尤も、二千年前といえども、人間に翼を生やした場合を想像することぐらいは当然あり得たと思われるが。
 食堂は上記の右の小部屋から鈎の手に曲った位置にあって、二つの壁画がある。一つは珍らしく風景画で、殿堂のようなものも見え、今一つは果物を盛ったガラスの鉢が二つ描いてあった。
 総括的に感じたことは、形や線や色の調子がポンペイの壁画と同一系統であることで、赤々した色彩もポンペイのほど毒々しくなく、緑と黄が主調をなしていることだった。エジプトで三千年前四千年前の壁画のすばらしいのを数々見たから、それより美的に低下してる此の壁画にはそれほど驚かなかったが、それでも二千年前にこの程度の写実的技法を知っていた西洋に、その後同じ主張のすぐれた物が出たのは当然といわなければならぬ。
 物置のような今一つの部屋には細長い尻のとんがった壺が幾つも壁に立てかけてあって、
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