ッし》の花が夏草の中に交って咲き出ているのも、血を連想させるというよりはもっと深い意味に於いて美しく感じられた。あたりにはまだ鉄条網が銹びたままで張り残されてあったり、塹壕が草に埋もれて保存されてあったりするのは、戦争の残虐を思い出させる誘導とはなるが、それよりも時[#「時」に傍点]の整理は力強く、自然[#「自然」に傍点]の勢いはすべてのものを復活させ、生[#「生」に傍点]が死を乗り越えて進むことを実感させられることの方が多い。だから私は万里征人未だ還らずといったような感懐よりも、流血の土中から咲き出た一本の芥子の花に永遠の生命の美しさを見て、自然の偉大さを思い、同時に人間の愚かさを感じないわけにはいかなかった。全く、よくも懲りないで侵し合いを繰り返すものだ。三十年を一時代とする習慣は此の節では世界の動きのテンポが速いので二十年を一時代とすることに改めてもよかろう。実際一時代たつと人間の健忘性は過去の痛苦を実感しなくなると見え、誰が始め出すのか知らないが、今にもヴェルダンのような悲劇がどこかでまた起ろうとしてる。そうしてヴェルダンそのものは一つの見せ物として保存され、物ずきな人間たちが
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