ていた。たまらなく咽喉が渇いて水が欲しくなり、夜にまぎれて脱け出して、村はずれの井戸に水飲みに出かけると、向うからも黒い影が二つ三つ忍び寄って水を捜しに来る者がある。たしかに敵兵だとわかってはいたけれども、こっちも撃とうとはしないし、向うも懸かろうとはしない。黙って水を汲んで別れてしまう。そんなことがよくあったそうだ。その時は(原本十五字伏字)お互いに人間に返っているので、憐みと同情が双方の心に湧いていたのである。
その興味ある話を聞かしてくれたショファは頑丈な骨格をした四十男で、ヴェルダンで多くの戦友を喪い、自分も左の腕をやられて死にかけていたのが、恢復して自動車の操縦ができる程になったのだといった。また戦争が始まったら出なければならないのかと聞いたら、負傷して免役になったからもう出ないだろうといっていた。戦争は怖いだろうというと、戦争は怖いといっていた。
今一つ似たような話を私たちはエスパーニャでも聞いた。最近の内乱で赤軍と白軍と対立して諸所で戦った。私たちはブルゴスからマドリィへ行く途中で、車を停めてその塹壕の幾つかを覗いて見た。塹壕の距離は敵と味方と近い所は二十メートルとな
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