剖講義」を描いてからすでに三十一年、「夜警」を描いてからでさえすでに十九年を経過している。それだけ画家の技術は円熟し、性格透視の力量が深まっているのは当然というべきであろう。

    七

 オランダで見たレンブラントは大作と組合員肖像画がおもなものだったから、私の感想も自然その方面のものに制限されたが、しかし、私一個の趣味でいうならば、レンブラントの最大の特色は「人間」研究を目的とした個人的肖像画に一番よく現れているように思える。殊に自画像と近親者(息子ティトゥス、妻サスキア、及びヘンドリキエ)の肖像に。
 というのも、つまりは、彼が「人間」の研究者であったからだと思う。人間の中でも近親者は一番よく理解していた筈であり、更に彼自身をば彼が一番よく理解していた筈であるから、従って自画像が特によくできてるのではあるまいかと思う。考えて見ると、彼がライデンの風車の下の貧しい家の片隅で描き始めたのも彼自身の顔と近親者(その頃は父と母と妹)の顔だったが、それを死ぬ間際まで飽きることなく描きつづけたというのも、まことに驚くべき不退転の精魂ではあった。
 その頃の他の画家たちと同じく、レンブラン
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