ている。ハーグの「解剖講義」の場合は、中央に一部分を裂かれた屍体が横たわっているだけでも注意を惹き易いが、これは一冊の帳簿が置かれてあるだけで、話されてる問題は、しかも、商売上のことであろうから、最も平板な極めて散文的な効果しか与え得ない筈であるのに、事実は反対で、見れば見るだけ興味の津津《しんしん》たるものを覚える。というのは、其処には生きた「人間」の心が動いてるからである。五人の顔がそれぞれ特長を持って性格を表わして居り、話されてる一つの問題がそれを強く統一している。中央に片手を上向けて話してる男は恐らく組合の評議員長であろう。その左手に腰を浮かして立ってる男は、性急な性格が眉宇の間に現れ、その後に掛けてる男は一番年長者で温和な性格を示している。右側の二人もそれぞれちがった神経を働かしながら、五人が五人ながら頗るまじめな態度で、いかにも尊敬すべき市民の代表者の印象を与える。召使も作法を心得たつつましさで、忠実に命令を待っている。
 今彼等の間では何が商議されているか知らないけれども、見ているとその話が聞こえるような気がする。此の画もみんなの視線がカンヴァスの外へ向いてることを見遁し
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