者トゥルプ教授の視線はその二人の頭を越して画面の外に投げられてあるから。これはレンブラントの構図にしばしば見る特長で、事件がややもすればカンヴァスの範囲外に及ぶ。
 一体、解剖のデモンストラティオンといったようなものは普通人には面を反向けられがちなもので、今日でも日本では大学・専門学校の解剖学の実習以外には公開されないことになってるようだが、オランダは三百年前からその方面の科学的進歩はいちじるしく、前野蘭化・杉田玄白等の学徒が初めて西洋科学を受け入れたのもオランダの解剖学であった。しかし、解剖のデモンストラティオンを画題として考えると、いかにも散文的で、味のないもので、下手に描いたら徒らに醜悪を暴露するに過ぎないような結果にならないとも限らない。オランダには、レンブラント以前に、この種の画題を取り扱った画家はたくさんあって、皆似たり寄ったりの構図で、教授と屍骸をまん中に取り囲んで輪を作ってる聴講者の群を描くのがきまりであった。しかるにレンブラントは、トゥルプ教授の依頼を受けてアムステルダムの外科医組合のために組合員の顔を描くことになった時、まず上に述べたような構図を考え出したのであった
前へ 次へ
全27ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
野上 豊一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング