な生活に入った。けれども彼の製作欲は衰えなかった。以前にエスパーニャの圧迫から切り抜けて自由になっていたオランダは、今度はイギリスと戦争を始めて窮乏に見舞われ、極度の恐慌が疫病と共に来襲した。逆境のレンブラントはそのあおりを喰って高利貸に責め立てられ、遂に破産した。ユダヤ人の部落に蟄居《ちっきょ》して悲惨な生活をつづけたけれども、誰も助ける者はなかった。しかし彼の製作欲はますます熾烈《しれつ》を加えた。貧苦と労作のため、五十に近づくと肉体は頓に衰え、壮年の頃逞ましく見えていた顔は縦に深い皺が二つ刻まれてあったが、今やそれを横ぎって横に幾つもの皺が波打つようになった。そうして、皮膚はたるみ、目は曇って来た。けれども製作欲の火は果しなく燃えつづけた。遂に五十二歳で瞑目した時、彼は殆んど乞食同様の境涯に落ちて、地上に一物の所有品をも持たなかったが、数えて見ると四十年聞に約七百の作品を遺した。そのいずれを見ても、魂の躍動を感じないものはないが、殊に晩年の作品だけが深刻で調子の高いものがあるのはすばらしい。自画像だけでも約五十を数え、そのうち二十は晩年の自画像で、晩年も最後の自画像に近づくだけ、
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