トから鉈豆煙管《なたまめぎせる》を出して粉煙草《こなたばこ》を一服吸い付けた。思い諦らめた投げ遣りのような気持でフーッと煙を吹くうちに、思わず噎《む》せかえってゴホンゴホンと咳《せき》をしたが、それにしてもこの際|呉々《くれぐれ》も残念なことは、自分の受持区域でありながら、被害者の家《うち》に見舞に行けない事であった。
いつも彼の老体に同情して、色々と問い慰めた上に「主人が留守勝ですから、どうぞよろしく」と云って十分の心付をしてくれた、あの美しい奥さんの霊前に、誰よりも先に駈け付けて、心からのお詫びの黙祷が捧げたかった。そうして出来ることならば新しい手がかりの一つか半分でいい、心安い台所女中の口からなりと引き出して署長の機嫌を取直したい……当座の不面目を取繕《とりつくろ》いたいと、暫くの間そればっかりを気にして考え直していたが、しかし、それとても今となっては力及ばない事であった。
彼はこうして誰を怨む力もなくなった彼自身の姿を、灰になりかけた火鉢の縁に発見したのであった。そうして彼の眼の底に蠢《うご》めくものは結局、瘠せ衰えた彼の妻と、その周囲《まわり》を飛びまわったり匐《は》いま
前へ
次へ
全19ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング