わったりしている子供たちの姿ばかりになってしまった。
 彼はそうした幻影を見まいとしてシッカリと眼を閉じた。すると最前から溜まっていた生温《なまぬる》い泪《なみだ》がポタポタと火鉢の灰の中に落ちた。その一粒が消えかかった炭火の上に落ちたらしくチューチューと音を立てたが、その音を聞いているうちに又も新しい涙が湧出《わきだ》して来るのを、彼はドウする事も出来なかった。
 そんな事を考えまわしているうちにいつの間にか時間が経ったらしい。彼の背後の柱時計が夢のように一時を打つと間もなく、非常線に出ていた同僚の二三名がバタバタと帰って来た。
「……ああ……ねむいねむい……」
「いくら云うたて新米の署長は駄目じゃよ。第一非常線からして手遅れじゃないか。青年会なぞ出したって何の足しになるものか」
「まあそう云うなよ。お蔭で無駄骨折が助かるじゃないか」
「指紋もないそうですね」
「ウン、今頃は犯人《やつ》等、千里向うで昼寝してケツカルじゃろ。ハハン。うまくやりおった」
 そう云ううちに古参の彼が居ることに気が付くと、慌てて敬礼をしいしい帯剣を外したが、そのまま各自《めいめい》の椅子に就いてヒッソリと口
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