彼の受持区域内でも、屈指の富豪と眼指《めざ》されている倉川男爵家の別邸に二人組の強盗が入って、若い、美しい夫人と小間使を絞殺し、一人の書生に重傷を負わせ、夫人所有の貴金属、宝石類と、現金二百余円を奪い取って逃走した事が、夜明けまで震えていた台所女中によって、分署まで報告された。そうしてその兇行の推定時刻が、彼の巡廻時刻とピッタリ一致したのであった。
電話で「巡廻中異状はなかったか」と尋ねられた時に、何の気もなく「ハイ」と答えた彼は、すぐにK駐在所から一里ばかりを距《へだ》たったK分署に呼び付けられて、居残っていた法学士の分署長から、眼の玉の飛び出るほど叱責されなければならなかった。そうして、
「見舞に行くには及ばぬ。君のような人間が現場《げんじょう》に立会ったとて役に立つものじゃない。留守をして電話でも聞いていたまえ」
と小使の面前で罵倒されたのであった。
署長以下の全員が出動したあとで、ガランとした室《へや》の真中の大火鉢に椅子を寄せて屈《かが》まり込んだ睦田巡査は、その青ざめた顔に幾度も幾度も涙を流した。そうして電話がかかるたんびに水洟《みずっぱな》をススリ上げススリ上げ立
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