大切そうに吸っているのであった。
睦田老人は思い出した。ちょうど一年前に巡廻したあの寒い真夜中の出来事を……。自分が踏み潰した金口煙草の吸いさしの形を……。そうして死んだ倉川夫人の白い、美しい笑顔を……。
睦田老人は、思わず椅子から腰を浮かしながら、黒い詰襟《つめえり》のフックをかけ直した。それは肥満した彼が、事件で出動する度毎《たびごと》にいつも繰返した昔の癖であったが……。
門衛の部屋から出て来る制服制帽の彼を見ると、ルンペンの中の二人は追い払われるのかと思ったらしく逃げ腰になった。しかし真中の鬚男だけは、なおも金口煙草に気を取られているらしく片眼をつぶって、唇を横すじかいにしいしいプカプカと紫色の煙を吸い味わっていた。
睦田老人は、わざとニコニコしながらその前に近付いて行った。今朝《けさ》、職工長から貰ったカメリヤの袋の中から三本を抜き出して、掌《てのひら》の上に載せながら……。
彼のそうした態度を見ると、三人のルンペンが急に帽子に手をかけてヒョコヒョコとお辞儀をした。
睦田老人は一世一代の名探偵になったような気持ちがした。心安そうに三人の間に並んで壁に倚《よ》りかか
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