の向うには、大きなS製薬会社のコンクリート壁が屹立《きった》っていて、ルンペンが三人ほど倚《よ》りかかっていた。そこは日当りがいいし、交番から遠くもあったので、いつも一人か二人のルンペンが居ないことはなかった。その姿を見ると彼は、いつも自分の境遇に引き較べて、儚《はかな》い優越感を感じながら、心持ちだけ救われたようなタメ息をするのであった。
今も睦田老人は、そうした気持で何気なく、そんなルンペン達を眺めていたのであったが、そのうちに中央《まんなか》の一人が妙な手付きをして煙草を吸っているのに気が付くと、睦田老人は、その青白く曇った眼を急にギョロギョロと廻転させた。慌ててポケットをかい探りながら老眼鏡をかけた。
ズット前から、度が弱くなっていた古い鉄縁《てつぶち》の老眼鏡は、ちょうどそこいらに焦点が合うらしく、その鬚《ひげ》だらけのルンペンの口元がよくわかった。
そのルンペンは、よく新聞や雑誌に出て来る外国の大政治家のように荘重な眼付をした、堂々たる鬚男であったが、どこかそこいらの道傍《みちばた》から引抜いて来たらしい細い草の茎《くき》を折曲げた間に、短かい金口の煙草を挟んで、さも
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