》に頭を突込んだ。夕食は無論喰わなかった。
 南支那海の三角波というのは、チョウド風呂敷を下から突き上げるような恰好に動くものだそうで、船首に落ちかかる波の頭だけでも大きいのは十|噸《トン》ぐらいの力がある。そんなのにタタキ廻されると、イクラ馬力をかけてもかけても船が進まないどころか、逆戻りしている事さえあるという。世界を股にかけた船員でも、真剣になってその恰好の恐ろしさを説明する位であるが、二昼夜の間角瓶を抱いてヘベレケになっていた私は、トウトウその珍らしい波を見ないでしまった。

 舷側のボートを一艘犠牲に供して、船が再び、明るい太陽の下に出ると、腹を減らしていた連中が期せずして食堂に集まった。むろん船はまだ大揺れに揺れていたから皆、素足のままで、室《へや》の中に張り廻した綱に捉まって、青い顔を見合せただけであったが、その時に二等運転手がフト気付いたらしく皆の顔を見まわした。
「チブスの奴等あドウしたろう。チャンコロ部屋に隔離さしておいたんだが、死にやしめえな……マサカ……」
 皆は愕然《がくぜん》となった。
 すると何を考えたのか水夫長が大急ぎで自分の部屋に飛び込んで行ったので、
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