。もしかすると病人の処置を考えていたのかも知れないが、とにかく薄気味が悪い人間だと思いながらソッと甲板に出た……と……同時に素人ながら、これはと気が付いた。
 一時間ばかり前までカラカラに晴れ渡っていた空が、いつの間にか蒸《む》し暑い灰色に掻き曇って来て、油を流したように光る大ウネリが水平線の処まで重なり合っている。ハイカラの一等運転手がその舳《みよし》に突立って、高い鼻を上向けながら、お天気を嗅ぐような恰好をしていたが、私が近づいて行く靴音を聞くと、急に振り返って片手を揚げた。
「……ヤッ……済みませんが……大急ぎで水夫長を呼んで来てくれませんか」
 言葉付は叮嚀《ていねい》であったが、顔色はかなり緊張していた。
「……それからですね……今大きなスコールが来かけていますから、そいつが通過するまで君は甲板に出ないで下さいね」
 ……果して……と思うと、暴風《あらし》に慣れない私は少々ドキンとした。そのまま大急ぎで船室に引返したが、水夫長はモウ別の階段から出て行ったらしく、船室の扉《ドア》が開け放しになっていた。
 私は船酔の薬を混ぜたウイスキーを一息に嚥《の》み下しながら、寝台《ベッド
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