室《へや》へ……例の二人が……来たでしょう」
私は黙って二人が立ち去った舳《トップ》の方向を指《ゆびさ》した。
今から考えてみるとこの時に船は、スピードをグッと落していたらしい。風に捲き落された煙が下甲板一パイに漲《みなぎ》っていたが、その中で二等運転手が、突然に鋭い呼子笛《よびこ》を吹くと、待ち構えていたらしい人影がそこここから、煙を押し分けるようにして出て来た。船長、一等運転手、賄長《まかないちょう》、屈強の水夫、火夫、等々々、只、機関長だけは居なかったようである。皆、手に手にピストルだの、スパナだの、ロープの切端《きれはし》だのを持っていた。その十四五人が、逆風と潮飛沫《しおしぶき》の中をよろめきながら船首まで行ったのは、私が扉《ドア》に鍵をかけてから三十秒と経たない中《うち》であった。
風が千切《ちぎ》れる程、吹き募っていた。切れ切れに渦巻き飛ぶ雲の間から、満月が時々洩れ出した。その光りで船首に近い海の上に二つの死骸の袋がポッカリと並んで浮いているのが見えた。
皆はあらん限りの弾丸を撃ちかけた。そうして、とうとう二つの袋が波の間に沈んで見えなくなると皆、ホッとして顔を見
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