ブランブランになっているのが幽霊以上の恐ろしいものに見えた。
 五連発を取出す間もなく二三歩進み出た私は、何やら狂気のように大喝した。すると二人は、無言のまま私の左右を通り抜けて扉《ドア》の方に行った。それと同時に私は無我夢中で室《へや》の奥に突進して、今まで二人が立っていた寝台《ベッド》の前に来た。
 入口に並んだ二人は、私の顔にマトモな冷たい一瞥《いちべつ》を与えた。それから頬に傷をした水兵が、最前の通りに妙な、笑顔とも付かない笑顔を見せながら、静かな声で云った。
「この船はモウ沈みます。船長が馬鹿だったのです」
 私はその言葉の意味を考えたが、そのうちに二人は、今|閉《し》めたばかりの扉《ドア》を、音もなく開いて出て行った。
 私も続いて出た。氷嚢《ひょうのう》を掴んで悶《もだ》え狂う水夫長を手早く閉め込んで鍵をかけた、氷のような汗がパラパラと手の甲に滴《したた》り落ちた。
 しかし私は屁古垂《へこた》れなかった。なおも二人の跡を逐《お》うて船首の方へ行こうとすると、出会い頭《がしら》に二等運転手が船橋《ブリッジ》から駈け降りて来た。見るとこれも顔の色を変えている。
「……今君の
前へ 次へ
全28ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング