はっきりとなっていた。デッキを駈けまわる足音が時々きこえて来る。
 小さな丸窓から、厚い硝子《ガラス》越しに時々、音の無い波頭が白く見えるのは、どこかに月が出ているせいであろう。
 流石《さすが》に無鉄砲な私も、そうした光景をジッと見ているうちい、云い知れぬ運命の転変をゾッとする程感じさせられたものであった。同時に何とも知れない恐ろしいものが、室《へや》の中に満ち満ちて来るような感じがしたので、私は思わず身ぶるいをしてポケットの五連発を押えた。それから水夫長の焼けるような額に手を当ててみた。
 その瞬間に入口の扉《ドア》が、ひとり手に開いて真黒な烈風がドッと吹き込んだ。
 私は慌てて扉《ドア》を押えながらシッカリと閉め直したが、その片手間に室内を振り返ってみると……ギョッとした。
 腰が抜けるとはあんな状態をいうのであろう。扉《ドア》の把手《ノッブ》を後手《うしろで》に掴んでヤッと身体《からだ》の重量を支えた。
 二人の水夫が又来ている。ほの赤いランタンの光りの中に、菜《な》ッ葉色《ぱいろ》の作業服がハッキリと浮き出している。何もかも先刻《さっき》の通りの姿で、しかも一人の水夫の片腕が
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