、そこから這い出した黒い血の塊《かた》まりが、頬から髪毛《かみ》の中に這い上っていた。その惨《むご》たらしい死相《しにがお》を、ユラユラと動くランタンの光越しに覗いていると、何だか嬉しそうに笑っているかのように見えた。
 皆はシインとなった。息苦しい程|蒸《む》し暑かった。
「……ウ――ム……ムムム……」
 とその時に水夫長が唸り出した。
 白いハンカチで何度も何度も禿げ上った額を拭いているうちにランタンの火がブルブルと震え出した。
「……オ……おいらの……せいじゃ……ねえんだぞ……いいか……いいか……」
 私は水夫長の声が、いつもと丸で違っているのに気が付いた。響きの大きい胴間《どうま》声が、難破船のように切れ切れにシャガレていて、死んだ水夫の声じゃないか知らんと思われた位であった。
 その声を聞くと皆はモウ一度ゾッとさせられたらしい。足を踏み直す音が二三度ゾロゾロとしたと思うと、又シインとなってしまった。
 そのうちに誰だかわからない二三人が、ダシヌケに私を押し除《の》けながら板囲いの外へ出ようとした。だから私も押されながら狭い棚の間を食堂の方へ引返した。トタンにたまらない鬼気にゾ
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