クゾクと襲われかかったが、これは大暴風《あらし》のアトの空腹と、疲労でヒョロヒョロになっていた神経が感じた幻覚だったかも知れない。もっともこうした状態は私ばかりではなかった。水夫長もおんなじように気が弱っていたものに違いなかったが、しかし場合が場合なので誰一人ソンナ事に気付いてはいないらしかった。
 それから一時間と経たないうちに、いい加減に薄められた石炭酸だの、昇汞《しょうこう》だの、石灰水だのがドシドシ運びおろされて、チャンコロ部屋一面にブチ撒《ま》かれた。するとどうした都合か、その猛悪な刺戟性の臭いが、アノ忘れられない屍臭と、嘔吐臭を誘いながら、食堂の中一パイにセリ上って来たので、綱にブラ下りながら受取ったパンと水が咽喉《のど》に通らなくなってしまった。
 皆|忌々《いまいま》しそうにペッペッと唾液《つば》を吐きながら、パンを噛《か》じって水を飲んだ。
 その中に交《まじ》った黒ん坊の給仕も、生石灰で火傷をした手の甲の繃帯を巻き直しながら、不平そうに涙ぐんでいた。
 船長も片手で綱を掴みながら、その黒ん坊が給仕する生《なま》ぬるい水を二三杯、立て続けに飲んだが、ヨッポド胸が悪かっ
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