弟のマチラ[#「マチラ」は太字]と一分一厘違わない。ただ違うところは弟の方が私よりもホンノ少しばかりセッカチというだけですから、誰が見たとて区別が付く筈はありませぬ。向い合って議論したりしているうちに、自分が自分を攻撃しているような妙な気持ちになって、同時に笑い出すような事も度々あった位で御座います。ですから万一私共が一度でもレミヤ[#「レミヤ」は太字]の姿を見ましたならば最後、キット二人が二人とも夢中になって終《しま》うに違いない。そうして猛烈な争いを初めて、今迄の友情をメチャメチャに打ち毀《こわ》して終《しま》うにきまっている。のみならず、たとい万一一方が敗けてレミヤ[#「レミヤ」は太字]を譲る事になったとしても、あとから一方の姿に化けて、隙を見てレミヤ[#「レミヤ」は太字]を誘拐するか、又は一方を殺しておいて、正当防衛を主張するのは何の雑作もない話でつまるところはレミヤ[#「レミヤ」は太字]を世界一の不倖な、恐しい境界に陥れる結果になる事が最初からチャント解かり切っているのです。
 私共は……ですから……初めから約束をしまして従妹のレミヤ[#「レミヤ」は太字]の事は夢にも思うまい。レミヤ[#「レミヤ」は太字]の両親の叔父叔母達へも手紙を出さないのは無論の事、自分達の居所も知らさないようにしよう。そうして吾々兄弟は、イクラ間違っても罪にならない位よく肖《に》た双生児の娘を二人で探し出して、同じ処で、同じ日に結婚の式を挙げよう……という事に固い約束をきめていたのです。
 けれども先生……世の中というものは思い通りに行かないものですね。私たち兄弟のこうした申合わせは、却《かえ》って正反対の結果を招く原因となってしまったのです。……と申しますのは外でもありませぬ。叔父達老夫婦は前にも申しました通りの熱心さで、色々と婿の候補者を探しまわったのですが、どうしても思う通りの青年が見つかりませぬ。そのうちに一年は夢のように経ってレミヤ[#「レミヤ」は太字]は十八の嫁入盛りになる。自分達の寿命は間違いなく一年だけ縮まったというので、気が気でないままに、閑さえあれば夫婦で額を鳩《あつ》めて婿探しの工夫を凝《こ》らしておりますうちに、叔父と叔母とのドチラが先に気が附くともなく、私たち二人の事を思い出したのだそうです。
 叔父と叔母は私達兄弟が極めて近い親類でありながら……しかも二人ともレミヤ[#「レミヤ」は太字]の幼友達でありながら、一度もレミヤ[#「レミヤ」は太字]に手紙を出した事がない……のみならず学校を出てから後の居所も知らさないでいる事を、その時初めて気付いたのだそうです。そうしてそれと同時に私達二人の心づかいと、兄弟仲の親しさを、察し過ぎるくらい察してしまいましたので、その感心のしようというものはトテモ尋常ではなかったそうで御座います。二人が同時に涙を一パイ溜めた顔を見合わせて、
「二人が双生児でなかったらネエ。アナタ」
「ウーム。アルマチラ[#「マチラ」は太字]と名乗る一人の青年だったらナア」
 と同じ事を云いながら、長い長いため息を吐《つ》いたと、後でレミヤ[#「レミヤ」は太字]が話しておりました。
 レミヤ[#「レミヤ」は太字]の話によりますと叔父夫婦はそれから後というものは、その事ばかりを繰り返し繰り返し云って愚痴をこぼしていたそうです。
「ドッチでもいいから一人、自動車に轢《ひ》かれてくれないかナア」
 なぞとヒドイ蔭口を云った事もありましたそうで……。
「お前はアルマ[#「アルマ」は太字]とマチラ[#「マチラ」は太字]とどっちが好きなのかい?」
 とレミヤ[#「レミヤ」は太字]に尋ねた事も一度や二度ではなかったそうです。けれどもレミヤ[#「レミヤ」は太字]はいつも顔を真赤にして、
「どちらでも貴方がたのお好きな方を……妾《わたし》にはわかりませんから……」
 と答えたそうですが、これはレミヤ[#「レミヤ」は太字]の云うのが本当で、そんな下らない事をきく両親の方が間違っております。私と弟のドチラがいいかという事は神様でもきめる事が出来ないのですから……。
 けれども、そこが老人の愚痴っぽさというもので御座いましょうか。叔父夫婦は、それから後というもの考えれば考える程、娘の婿として適当な人間は私達二人以外にないようにシミジミと思われて来るのでした。申すまでもなく叔父達夫婦のそうした気持ちの中には、今までに手を尽して探しあぐんだ苦労づかれも交じっていたろうと思われるのですが、せめてドチラかに鵜《う》の毛で突いた程でもいいから欠点がありはしまいか。あったらそれを云い立てに、片っ方を落第させてやろうというので、私達兄弟の事を念入りに探らせてみたのですが、探らせれば探らせるほどその報告がコンガラガッてしまって、ドチラがドウなのかサッパリ解からなくなります。……のみならずそうした報告を聞けば聞く程、かねてから娘の婿として、空想していた通りの若者に二人が見えて来ますので、老夫婦はもう夜の眼も寝られぬくらい悩まされ初めたものだそうです。……骰子《さい》コロ投げやトラムプ占い式の残酷な方法で二人の中から一人を選み出すような事は、娘が信心する神様の御名にかけて出来ないし、それかといって昔物語にあるように、娘を賭けて競争をさせるような野鄙《やひ》な事もさせられない。……又、よしんば何とかした都合のよい方法で、二人の中の一人を選み出す事が出来たにしても、取り残された一人の慰めようがないので……事によると、これは神様が娘のレミヤ[#「レミヤ」は太字]を生涯独身で暮させようと思《おぼ》し召す体徴《しるし》ではあるまいか……というような取越苦労が、次から次に湧いて来るので、その悩まされようというものは並大抵でなかったそうです。そうして老夫婦はただこの事ばっかり苦にしたために見る見るうちに眼のふちが黒ずんで、隅々の皮がたるんで、衰弱に衰弱を重ねて行ったあげく、一昨年の秋の初め頃、二人とも聊《いささ》かの時候の変化に犯されたが原因で、相前後して天国へ旅立ってしまいました。しかも二人が二人とも、死ぬが死ぬまで、枕元に集まっている親類たちの顔を見まわして、
「何とかしてアルマ[#「アルマ」は太字]とマチラ[#「マチラ」は太字]の二人の中から娘の婿を選んで下さい。これは神様の思し召しですから……」
「あなた方の智恵にお縋《すが》りします。娘の行く末をお頼み申します」
 と繰り返して遺言をしながら、息を引き取ったというのです。

       (3)[#「(3)」は縦中横]

 自分のために両親の寿命を縮めたレミヤ[#「レミヤ」は太字]の歎きは申すまでもありませぬが、それよりも何よりも、差し詰め困ってしまったのは、後に残った親類たちでした。世の中に厄介といってもこれ位厄介な遺言はないので、如何に智恵者が寄り合ったにしてもモトモト不可能な事は、永久に不可能にきまっているのです。併しそうかといって、さしもの大財産と、妙齢の一人娘を、放ったらかしおく訳にも行かないというので叔父達夫婦の葬式が済んだ後に開かれた親類会議が、何度も何度も行き詰まったり、後戻りをしたりしましたがそのあげく、とうとう思案の行き止まりに誰かがこんな事を云い出しました。
「……これは寧《い》っその事、思い切って、アルマ[#「アルマ」は太字]、マチラ[#「マチラ」は太字]の二人を呼び出して、同時にレミヤ[#「レミヤ」は太字]に引き合わせた方が早道になりはしまいか。そうして三人でトックリと相談をして、二人の中の一人を選む方法を決定させたらどんなものだろうか。今までの話のように第三者の吾々が選むとなるとドッチにしても不都合な点が出来て、怪《け》しからぬ状態に陥り易いが、三人が得心ずくで決める事なら、別に不公平にも不道徳にもならぬではないか、怪しかりようがないではないか。さもなくともイグノラン[#「イグノラン」は太字]兄弟はこの頃音信不通になっているにはいるらしいが、実をいうと故人夫婦に一番近しい親類だから、この際ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]家の不幸を通知するのが当然の事ではないか。レミヤ[#「レミヤ」は太字]嬢にお悔《くや》みを云わせるのが至当ではないか」
 ……と……。これを聞きますと親類たちは皆、救け船に出会ったように喜びました。そうして言葉の終るのを待ちかねて、
「成る程それはステキな名案だ」
「どうして今までそこに気付かなかったろう」
「故人夫婦も、それに異存はないだろう」
「いかにもそれがいい……賛成賛成……」
 というので、即座に満場一致の可決という事になりました。
 私達兄弟が予想しておりました危険な運命は、こうして叔父叔母の死によって、思いがけもなく眼の前の事実となって押し寄せて来たのです。「ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]家の最近い親類」という理由の下に、親類会議の代表者から否応《いやおう》なしに引っぱり出されて、ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]家の祭壇の前で、無理やりに久し振りの挨拶を交換すべく余儀なくされましたレミヤ[#「レミヤ」は太字]と私達兄弟はタッタ一眼でもう、絶対の運命に運命づけられてしまったのです。お互いに永劫の敵となって一人の女性を争うべくスタート[#「スタート」は太字]を切らせられてしまったのです。そうしてそれからというものは三人が三人とも、ハルスタイン[#「ハルスタイン」は太字]家の別々の室《へや》に住んで、夜は別々に寝て、昼間は一ツ室で睨み合いながら、味も臭いもわからない山海の珍味を、三度三度|嚥《の》み込まなければならなくなったのです。
 その間の恐ろしさと、悩ましさというものはトテモ局外者の想像の及ぶところでは御座いますまい。私達兄弟はお互いに、お互いの気持を知り過ぎる位知り合っているのです。相手の心がソックリそのまま自分の心なのですからドウにもコウにも仕様がないのです。殺し合う事も出来なければ逃げ出す事も出来ませぬ。又レミヤ[#「レミヤ」は太字]はレミヤ[#「レミヤ」は太字]で二人の心を、恋人の敏感さで見透かしながらも、どっちをどうする事も出来ないというような、この世に又とない苦しみに囚われてしまいましたので、そのために三人が三人共、行く末の相談どころでなく、口を利き合う事すら出来ない……さながらに生きながら地獄に堕《お》ちたような有様になってしまいました。
 中にもレミヤ[#「レミヤ」は太字]は同じ姿と、おなじ心と姿の恋人が二人眼の前で睨み合っているという、夢のような恐ろしい事実に、死ぬ程悩まされましたせいか、葬儀が済んでから一週間も経たぬうちに見る眼も気の毒なくらい瘠せ衰えてしまいました。そうしてドッと病床に就いてお医者様のお見舞いを受けるようになりましたが、喰べ物はもとよりの事、お薬も咽喉《のど》に通らないという弱りようで、放ったらかしておいたらば遠からず両親の後を逐うに違いない……同じように私たち二人の幻影に悩まされつつ、あの世に追い立てられて行くに違いない運命が、ハッキリと見え透いて来るようになりました。
「妾は妾の財産をお二人に残して行きます。それだけが、妾のせめてもの心遣りです。どうぞこの財産を妾と思って、お二人で半分半分に分けて、思う存分に使って下さい」
 というような事まで夢うつつに口走るようになって参りました。

       (4)[#「(4)」は縦中横]

 この報告をお医者から聞きますと、私はもう堪まらなくなってしまいました。そうして或る深刻な決心を固めましたので、誰にも知れないように旅行服を身に着けまして、帽子と外套を抱えながら裏口からソッと脱け出そうとしますと、弟も同じ報告を医師から聞いて、同じ考えになったらしく、同じように旅行服を着込んで出て行こうとするところでしたので、二人はゆくりなくも裏門の前でブツカリ合ってしまいました。
 二人は仕方なしに立ち止まったまま、今にも泣き出しそうな苦笑いを交換しました。そうして無言のままハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]家の奥庭の方へ引返して
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