うな感じを毎日受けさせられるのが不愉快ですからね。思い切って読まない事にしてしまったのです。ですから……」
「……チョットお待ち下さい」
 と青年は片手をあげて滔々《とうとう》と迸《ほとばし》りかけた老ドクトル[#「ドクトル」は太字]の雄弁を遮り止めた。
「……でも……人の噂にでもお聞きになりましたでしょう。近頃大評判の『名無し児裁判』というのを……」
「……ところがソンナ評判もまだ聞かないのです。……実を申しますと私は、留学中の伜《せがれ》が帰って来るまで、ホンノ看板つなぎに開業しておりますので、往診というものを一切やりませんからナ。世間の噂なぞが耳に這入《はい》る機会は極めて稀なのですが……」
「ヘエ――……それでは最前あなたが私をお叱りになって……「礼服を着ながら顎を外す、大馬鹿野郎の大間抜け」と仰言《おっしゃ》ったのは……アレはイッタイ……」
「アッハッハッハッ。あれですか。アッハッハッハッ」
 と老ドクトル[#「ドクトル」は太字]は半分聞かないうちに吹き出した。腹を抱えて、反りかえって、シンから堪まらなそうに全身を揺すり上げて笑いつづけた。
「アッハッハッハッ。あれは何でもな
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