クトル[#「ドクトル」は太字]からこんな風に問い詰められて来れば来る程、イヨイヨその驚ろきを増大させて行くらしかった。そうして終《しま》いには口を噤《つぐ》んだまま、眼をまん丸く瞠《みは》って相手の顔を凝視し初めたので、老ドクトル[#「ドクトル」は太字]は又もクシャクシャと顔を撫でまわさなければならなくなった。
「いったいそれでは……ドンナ原因で顎をお外しになったので……」
しかし青年は急に返事をしなかった。なおもマジマジと大きな瞬《また》たきを続けていたが、やがて何事かを警戒するように恐る恐る問い返した。
「……ヘエ……それじゃ先生は……今朝からの出来事をまだ御存じないので……」
「ハア……無論ドンナ事か存じませんが……第一貴方のお顔もタッタ今始めてお眼にかかったように思うのですが……」
「……ヘエ……それじゃ今朝の新聞に載っております私の写真も、まだ御覧になりませぬので……」
「ハア……無論見ませぬが……。元来私は新聞というものをこの十年ばかりというもの一度も見た事がないのです。この頃の新聞というものは、社会の腐敗堕落ばかりを報道しておりますので、古来の美風良俗が地を払って行くよ
前へ
次へ
全54ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング