いですよ。ワッハッハッハッ」
 それを見ると青年は、もう不思議を通り越して気味が悪いという顔になった。そうして魘《おび》えたように唇をわななかしつつ切れ切れに云った。
「私は……あのお言葉を聞きました時に……それではもう……私の身の上はもとより……ツイ今さっき私の身の上に起った……前代未聞の怪事件までも御存じなのかと思って、胸に釘を打たれたように思ったのですが……私は、お言葉の通りの大馬鹿野郎の大間抜けだったのですから……」
「アハハハハ。イヤ。それはお気の毒でしたね。ハッハッハッ。私は何の気もなく云ったのですが……実を申しますとアレは私が顎をはめる秘伝になっておりますのでネ」
「ヘエ……患者をお叱りになるのが、顎をはめる秘伝……」
「そうなんです。要するに何でもないのですよ。すべて顎の外れた患者を癒《なお》すのに、患者が「今顎をはめられるナ」と思うと、思わず顎の筋肉を緊張させるものなのです。そうするとナカナカうまく這入りませんので、何かしら患者をビックリさせるような事を云って、顎の事を忘れさせた一瞬間にハッと気合いをかけて入れてしまうのです。これは尾籠《びろう》なお話ですが脱腸を押し
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