しく、口の周囲を拭いまわしながらソロソロと顔を上げた。見ると最前の恐ろしい形相はあとかたもなくなっているばかりでなく、いかにも人なつっこそうな二十二三の美青年で、相当の教養を持っている事が一眼でわかる眼鼻立ちであったが、タッタ今老ドクトル[#「ドクトル」は太字]に罵倒された驚きが未だ消えぬかして、如何にも不思議そうに眼を瞭《みは》ったまま口をモゴモゴさせているのであった。その顔を見下しながら老ドクトル[#「ドクトル」は太字]は大得意の体で椅子の上に反《そ》り返った。
「ハハハハ。イヤ。顎の外れたのは生命に別条はありませんが案外苦しいものでね。おまけに一度外れると又外れ易いものですから、これから余程気をお付けにならんと、いけませんよ。たとえば大きな欠伸をするとか、クシャミをするとかいう時には御注意をなさらんといけません。特に只今はドンナ原因でお外しになったものか存じませんが、この次に又、今度と同じような事をなさる時には特に御注意が必要ですよ。前に外れた時と同じ動作を顎にさせると、何の苦もなく外れる事が多いのですからナ……もっとも片手で、それとなく顎を押えておいでになれば大丈夫ですがね……
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