一寸《ちょっと》の間呆気に取られていたが、間もなく訳がわかったと見えて、鼻の穴から長い呼吸を吐き出した。そうしてようよう血色を恢復した顔を平手でクルクルと撫でまわすと、腹を抱えて笑い出した。
「アハハハハハハ。そうですかそうですか。やっとわかりました。貴方は顎を外されたのですね。……それで嘔気が付いたのですね」
 患者は懸命に苦しみながら何度も何度もうなずいた。ドクトル[#「ドクトル」は太字]も一所《いっしょ》にうなずいた。
「そうですかそうですか、アハハハハハ。イヤ……ビックリしましたよ。あなたのようにヒドイ嘔気が付いた方は初めて見たものですからね。アハアハアハアハ。イヤ。笑っては失礼でしたね。サア椅子に腰をお掛けなさい……サアどうぞ……」
 先刻から患者のうしろにポカンと突立っていた看護婦も、この時やっと安心したらしく、小さなタメ息をしいしい患者の尻に椅子を当てがった。
「サア。モットこっちへお寄りなさい。貴方はトテモ幸運な方ですよ。顎をはめる手術にかけては憚《はばか》りながらこの私は世界一の名人を以て自ら任じている者ですからね。……イヤ。冗談ではありません。タッタ今その証拠をお眼
前へ 次へ
全54ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング