室の扉の方へ逃げ出そうとしたが、患者はヒンガラ眼のまま気が付いたらしく、片手をあげて制し止めたので、それも出来なくなった。そうして患者が無言のまま指し示すまにまに元の肱掛椅子の中へ、オッカナビックリ腰を卸させられたのであった。
それを見ると患者は安心したらしかった。片手を幽霊のようにブラ下げたままフラフラとパーポン[#「パーポン」は太字]氏の前に蹌踉《よろ》めき寄って来て、心持ちだけお辞儀をするようにグラグラと頭を下げた。そうして鼻から下を蔽うたハンカチ[#「ハンカチ」は太字]を取り除《の》けて、恐ろしく大きく……河馬のようにアングリと開いた口を指して見せながら、何やら云いたげに眼を白黒さしていたが、忽ち、
「アウアウアウアウアウ……」
と奇声を発したと思うと、又もはげしい嘔気《はきけ》に襲われたと見えて、
「ゲエゲエゲエ。ガワガワガワガワ」
と夥《おびただ》しい騒音を立てた。口のまわりをハンカチ[#「ハンカチ」は太字]でシッカリと押え付けて、額から滝のように汗を流し初めるのであった。
ドクトル[#「ドクトル」は太字]、パーポン[#「パーポン」は太字]氏はその顔を凝視したまま、
前へ
次へ
全54ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング