話し出した。

       (1)[#「(1)」は縦中横]

 ……先生は何事も御存じないようですから最初から残らずお話し致しますが、最近この町で大評判になっている「名無し児裁判」という事件が御座います。
 その「名無し児裁判」というのは、全世界の裁判の歴史を引っくり返しても前例が一つもないという世にも恐ろしい、不可思議な事件なのですが、併《しか》し、この事件の女主人公のレミヤ[#「レミヤ」は太字]、ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]と申しますのは、何の恐ろしさも不思議さもない良家の令嬢で御座いまして、ただその姿と心が、あんまり女らしくて優し過ぎるのがこの事件の恐ろしさと不思議さを生み出す原因になっているのではないかと、考えれば考えられる位のことで御座います。
 レミヤ[#「レミヤ」は太字]の両親は御承知かも知れませんが、この町から十里ばかりの山奥に住んでおります素封家で、ハルスカイン[#「ハルスカイン」は太字]と名乗る老夫婦の間に生まれた一人娘なので御座いますが、そうした世間の実例に洩れず、老夫婦のレミヤ[#「レミヤ」は太字]の可愛がりようというものは一通りや二通りでは御座い
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