立ち行きませんからね」
 青年はこれを聞くとようよう安心したらしかった。組んでいた腕をほどいて深呼吸を一つすると、ドクトル[#「ドクトル」は太字]の顔を正視しながらキッパリと云った。
「それではお話し申します。実は私が顎を外した原因というのはアンマリ呆れたからです」
「エエッ……呆れて……顎を外したと仰言るのですか」
「そうです。私は『呆れて物が言えない』という諺は度々聞いた事がありますが、呆れ過ぎて顎が外れるという事は夢にも知りませんでしたので、ツイうっかり外してしまったのです」
「ヘヘ――ッ。それは又どんなお話で……」
「ハイ。それはもう今になって考えますと、こうやって、お話しするさえ腹の立つくらい、馬鹿馬鹿しい事件なのですが……しかし先生は今、お忙がしいのじゃありませんか」
「イヤイヤ。私が忙がしいのは朝の間だけです。夕方は割合いに閑散ですからチットモ構いません」
「さようで……それではまあ、掻《か》い摘《つ》まんで概要だけお話しするとこうなんです」
 青年はここで看護婦が持って来た紅茶を一口|啜《すす》った。そうして、さも恥かしそうに耳を染めながら、うつむき勝ちにポツリポツリと
前へ 次へ
全54ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング