第に高まって、歯をむき出した野獣か何ぞのように物狂おしく力強くきこえて来ました。時折りはキリキリと歯切《はぎし》りをするような音さえ殻の中で起るのでした。
 三太郎君はそのたんびにゾッとさせられました。夜通し眠られぬ事さえありました。これはタマラヌ……と心配しながら……。

 すると或る夜の事、三太郎君がウンウン唸る卵を懐《ふところ》に入れたまま、ウツラウツラと睡っているうちに、不意にどこからともなくシャ嗄《が》れた声が聞こえて来ました。
「オトウサンオトウサンオトウサンオトウサンオトウサン」
 それは死に物狂いに藻掻《もが》いている小さな人間の声のようでした。三太郎君はハッと眼を醒ましました。
 卵は三太郎君のミゾオチの処で、大病人のように熱くなっていました。その中から放散する小便のような、腐った魚のようなあたたかい臭気《におい》が夜具の中一パイに籠《こ》もっています。
 三太郎君は慌てて卵を抱え直すと、そのまま起き上って、大急ぎで雨戸をあけました。……もとの処に返しておこう……というような気もちで足探りしいしい庭下駄《にわげた》を突っかけましたが、あまりあわてておりましたせいか、思
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