が、この上もない楽しみになって来ました。そうして夜が明けるとすぐに夜具を押し入れに入れて、自分の寝ぬくもりの籠《こ》もった敷布団の間にソット入れてやるのでした。こうして独身のまま、かあいい卵を抱いて生涯を過したらばどんなに気楽で嬉しいだろう……なぞと空想したりしました。

 そのうちに卵は次第に変化して来るようでした。殻の色が黄色から桃色……桃色から茶色へ……茶色から灰色へ……そうして中から聞こえる寝息と思っていた物音が、夜の更けるにつれて高まって、しまいにはウンウンという唸《うな》り声かと思われるようになりました。
 三太郎君は気味がわるくなって来ました。……きっと卵が孵化《かえ》りかけているのに違いない。そうして中に居る或る者が殻を破り得ずに苦しがっているのに違いない……と思って……。しかしそのうちに、ひとりでに内側から破れるであろう、万一《もし》早まって割ったりしては大変だ……と我慢しいしい抱いておりました。

 秋が更けて行くに連れて卵はだんだんと灰色から紫色にかわって行きました。それは死人のような気味のわるい色で、しまいには薄紅い斑点さえまじって来ました。卵の中のうなり声も次
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