、その黒い土の上に、誰が種子《たね》を蒔《ま》いたともなく、コスモスが高やかに生《お》い茂りました。そうして秋に入ってから、まぶしいほど美しく満開したと思う間もなく今日になって、この出来事が起ったのです。
 三太郎君は奇妙な、恍惚《うっとり》とした気持ちになって、その大きな卵をソット抱き上げてみました。それはよく見ると青いような、黄色いような、半透明な殻の中にトロトロした液体を一パイに充実さしているらしい水ぐらいの重たさのものでした。その太陽に向っている半面は暖かくなっていました。

 三太郎君は、それから毎晩その卵を抱いて寝ました。
 そのつめたい殻が、三太郎君の肌とおなじ暖かさになると、卵の中からスヤスヤという寝息が、かすかに聞えて来るように思われました。しかも、それが三太郎君の妄想でない証拠には、ためしにチョットゆすぶってみると、その寝息の音がピッタリと止まるのでした。そうして、それと一所にお乳《ちち》のような、又は洗い粉のような甘ったるいにおいが、ほのかに湧いて来るのです。
 三太郎君は卵が可愛ゆくなりました。毎晩暗くなるのを待ちかねて、毀《こわ》さないようにソッと抱いて寝るの
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