たものです。
 ところがそのうちに露子さんも矢張り、三太郎君と同じ気持ちでこちらを見ていることがわかって来たのでした。露子さんが三太郎君と顔を見交《みかわ》すたんびに見せる何ともいえない、つめたい緊張した表情が、そうした露子さんの心の底の秘密をありのままに物語っているのでした。三太郎君の幻想が決して三太郎君一人の気の迷いではない。疑いもなく二人の魂がソックリそのまま肉体を脱け出して、毎夜毎夜ここで媾曳《あいびき》をして楽しんでいるのだ……という事が次第にハッキリと三太郎君に意識されて来たのです。そうして、それと同時に、二人がこうして現実の恋を恋し得ないで、魂だけで忍び合って満足をしているのは、決して恋を恐れているのではない。現実の恋から必然的に生まれる「ある結果」を恐れ合っているからだ……という事までも、透きとおるほどハッキリと三太郎君に理解されて来たのでした。
 二人が昼間のうちに見合わせる眼付きは、こうしていよいよ冷やかになって行くばかりでした。そのかわりに二人の心は、日が暮れるのを待ちかねてこの地境の黒い土の上で逢《お》う瀬《せ》を楽しみ合うのでした。

 そのうちに夏が過ぎると
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