人はこうして顔を合わせるたんびにお互いの態度を真似るのでした。そうしてトウトウニッコリし合う機会が一度もないうちに、別れなくてはならなくなったらしいのです。
 二人は何という愚かな二人だったでしょう。
 なぜあんなに固くるしくまじめな態度を執《と》ったのでしょう。
 なぜあんなに、お互いの恋を警戒し合ったのでしょうか。
 ……三太郎君はその原因を知っていました。

 ……ホントウの事を云いますと、あの露子さんの顔を初めて見た晩に、三太郎君の魂は、よく眠っている三太郎君の肉体《からだ》をソーッと脱け出して行ったのです。そうしてちょうど今三太郎君が突立っている黒い土の上で、待ちかねていた露子さんと忍び合ったのです。そうして、それから後三太郎君の魂は毎晩のように、同じところで露子さんと出会って、囁《ささや》き合い、泣き合い、笑い合ったのです。

 もっとも最初のうちは三太郎君も、それを自分一人の幻想だと思って、独《ひと》りで恥じていたのです。露子さんのうしろ姿や、着物の片影を見ただけでも、済まない、恥かしい、空おそろしい……というような気持ちに囚《とら》われて、吾れ知らず顔面の筋肉を緊張させ
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