き出したか……それから、どんなに正体もなく泣き濡《ぬ》れつつ線路の上をよろめいて、山の中の一軒屋へ帰って行ったか……そうして自分の家《うち》に帰り着くや否や、箪笥《たんす》の上に飾ってある妻子の位牌《いはい》の前に這《は》いずりまわり、転がりまわりつつ、どんなに大きな声をあげて泣き崩れたか……心ゆくまで泣いては詫《わ》び、あやまっては慟哭《どうこく》したか……。そうして暫《しばら》くしてからヤット正気付いた彼が、見る人も、聞く人も無い一軒屋の中で、そうしている自分の恰好の見っともなさを、気付き過ぎる程気付きながらも、ちっとも恥かしいと思わなかったばかりでなく、もっともっと自分を恥かしめ、苛《さい》なみ苦しめてくれ……というように、白木《しらき》の位牌を二つながら抱き締めて、どんなに頬《ほお》ずりをして、接吻《せっぷん》しつつ、あこがれ歎いたことか……。
「……おお……キセ子……キセ子……俺が悪かった。重々悪かった。堪忍《かんにん》……堪忍してくれ……おおっ。太郎……太郎太郎。お父さんが……お父さんが悪かった。モウ……もう決して、お父さんは線路を通りません……通りません。……カ……堪忍し
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