て……堪忍して下さアアア――イ……」
 と声の涸《か》れるほど繰返し繰返し叫び続けたことか……。

 彼は依然として枯木林の間の霜《しも》の線路を渡りつづけながら、その時の自分の姿をマザマザと眼の前に凝視した。その瞼《まぶた》の内側が自《おの》ずと熱くなって、何ともいえない息苦しい塊《かた》まりが、咽喉《のど》の奥から、鼻の穴の奥の方へギクギクとコミ上げて来るのを自覚しながら……。
「……アッハッハ……」
 と不意に足の下で笑う声がしたので、彼は飛び上らむばかりに驚いた。思わず二三歩走り出しながらギックリと立ち佇《ど》まって、汗ばんだ額《ひたい》を撫《な》で上げつつ線路の前後を大急ぎで見まわしたが、勿論、そこいらに人間が寝ている筈は無かった。薄霜を帯びた枕木と濡《ぬ》れたレールの連続が、やはり白い霜を冠《かぶ》った礫《こいし》の大群の上に重なり合っているばかりであった。
 彼の左右には相も変らぬ枯木林が、奥もわからぬ程立ち並んで、黄色く光る曇り日の下に灰色の梢《こずえ》を煙らせていた。そうしてその間をモウすこし行くと、見晴らしのいい高い線路に出る白い標識柱《レベル》の前にピッタリと立佇
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