げ任せたまま直ぐに床を取って寝た。そうしてその晩から彼は四十度以上の高い熱を出して重態の肺炎に喘《あえ》ぎつつ、夢うつつの幾日かを送らなければならなかった。
 彼はその夢うつつの何日目かに、眼の色を変えて駈《か》け付けて来た同僚の橋本訓導の顔付を記憶していた。その後から駈け付けて来た巡査や、医者や、村長さんや、区長さんや、近い界隈《かいわい》の百姓たちの只事《ただごと》ならぬ緊張した表情を不思議なほどハッキリ記憶していた。のみならずそれが太郎の死を知らせに来た人々で……。
「コンナ大層な病人に、屍体を見せてええか悪いか」
「知らせたら病気に障《さわ》りはせんか」
 といったような事を、土間の暗い処でヒソヒソと相談している事実や何かまでも、慥《たし》かに察しているにはいた。けれども彼は別に驚きも悲しみもしなかった。おおかたそれは彼の意識が高熱のために朦朧《もうろう》状態に陥っていたせいであろう。ただ夢のように……。
 ……そうかなあ……太郎は死んだのかなあ……俺も一所にあの世へ行くのかなあ……。
 と思いつつ、別に悲しいという気もしないまま、生ぬるい涙をあとからあとから流しているばかりで
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