あった。
それからもう一つその翌《あく》る日のこと……かどうかよくわからないが、ウッスリ眼を醒《さ》ました彼は囁《ささ》やくような声で話し合っている女の声をツイ枕元の近くで聞いた。ちょうどラムプの芯《しん》が極度に小さくして在ったので、そこが自分の家であったかどうかすら判然《はっきり》しなかったが、多分介抱のために付添っていた、近くの部落のお神さん達か何かであったろう。
「……ホンニまあ。坊ちゃんは、ちょうどあの堀割のまん中の信号の下でなあ……」
「……マアなあ……お父さんの病気が気にかかったかしてなあ……先生に隠れて鉄道づたいに近道さっしやったもんじゃろうて皆云い御座《ござ》るげなが……」
「……まあ。可愛《かあい》そうになあ……。あの雨風の中になあ……」
「それでなあ。とうとう坊ちゃんの顔はお父さんに見せずに火葬してしまうたて、なあ……」
「……何という、むごい事かいなあ……」
「そんでなあ……先生が寝付かっしゃってから、このかた毎日坊ちゃんに御飯をば喰べさせよった学校の小使いの婆《ばあ》さんがなあ。代られるもんなら代ろうがて云うてなあ。自分の孫が死んだばしのごと歎《なげ》いてな
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