…堤《どて》の上に登ったら、直ぐに太郎を抱き締めてやろう。気の済むまで謝罪《あやま》ってやろう……。そうして家《うち》に帰ったら、妻の位牌《いはい》の前でモウ一度あやまってやろう……。
 そう思い詰め思い詰め急斜面の地獄を匐《は》い登って来た彼は……しかし……平たい、固い、砂利《ざり》だらけの国道の上に吾児《わがこ》と並んで立つと、もうソンナ元気は愚かなこと、口を利く力さえ尽き果てていることに気が付いた。薄い西日を前にして大浪を打つ動悸《どうき》と呼吸の嵐の中にあらゆる意識力がバラバラになって、グルグルと渦巻いて吹き散らされて行くのをジイーッと凝視《みつ》めて佇《たたず》んでいるうちに、眼の前の薄黄色い光りの中で、無数の灰色の斑点《はんてん》がユラユラチラチラと明滅するのを感じていた。それからヤット気を取り直して、太郎に鞄を渡しながら、幽霊のようにヒョロヒョロと歩き出した時の心細かったこと……。そのうちに全身を濡《ぬ》れ流れた汗が冷え切ってしまって、タマラナイ悪寒《おかん》がゾクゾクと背筋を這《は》いまわり初めた時の情なかったこと……。

 彼は山の中の一軒屋に帰ると、何もかも太郎に投
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